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ケア 牵挂

だけでも大変だったから

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だけでも大変だったから

「バレラ」夫がうんざりしたように言った。「おまえは根も葉もない噂をくりかえしているだけじゃないか。こんなみすぼらしい平民に首都で実際になにが起きているかわかるはずがなかろう? そんな突拍子もない話に多少なりとも根拠があるなら、ナラダスが教えてくれたはずだ」
「ナラダス?」シルクの目が突然好奇心でいっぱいになった。「白目のアンガラクの商人のことですか?」
「知っているのか?」貴族は少なからずおどろいたようだった。
「噂は知ってますよ、閣下」シルクは慎重に答えた。「あいつを知り合いだなんておおっぴらに口にしないほうが賢明ですぜ。皇帝があいつの首に賞金をかけたのはご存じでしょうが?」
「ナラダスに? まさか!」
「あいにくですがね、閣下、トル?ホネス中が知ってることですよ。あいつをつかまえられる場所を知っているんなら、金貨で千クラウンわけなく稼ぐことができますぜ」
「千クラウンだと!」
 シルクはこっそりあたりをうかがった。「あんまり人にはしゃべりたくないんだが」かれは声を落として言った。「あいつが気前よく使ってる金貨はにせ物だって、トル?ホネスじゃもっぱらの噂でね」
「にせ物?」貴族は突然目をむいて叫んだ。
「じつに巧妙なにせ金なんだ」シルクはつづけた。「本物らしく見せるために金に卑金属を混ぜてあるんだが、見かけの十分の一の値打ちもないときてる」
 貴族の顔からみるみる血の気がひき、かれは思わずベルトにくくりつけた財布をにぎりしめた。「貨幣価値を低下させることによってトルネドラ経済を破綻させる計略の一環なんだ。ホネス一族はある方法でそれに関係していたんで、皆殺しになってるのさ。もちろん、にせ金を持っているところを見つかれば、だれでもたちまちしばり首だ」
「なんだって?」
「当然だわな」シルクは肩をすくめた。「皇帝はこの悪事をただちに撲滅するつもりでいる。きびしい手段をこうじることが絶対に必要だよ」
「わたしは破産だ!」貴族はうめいた。「早く、バレラ!」かれはそそくさと馬の向きを変えた。「いますぐトル?ボルーンへ戻らねばならん!」貴族はおどろいている妻を連れて、猛スピードで南へ引き返していった。
「陰で糸をひいているのがどの王国だか聞きたくないのかい?」シルクが呼びかけた。やがてかれは鞍の上で体をふたつ折りにして笑いころげた。
「あざやかだわ、ケルダー王子」ヴェルヴェットが感嘆の面もちでつぶやいた。
「ナラダスという男、ずいぶん動きまわっているね」ダーニクが言った。
「どうやら首ねっこをおさえたようだぞ」シルクはほくそえんだ。「あの噂が広まれば、ナラダスも金を使うのにちょいと苦労するようになるだろう――興味はもちろんのこと、あちこちで懸賞金騒動が起きるよ」
「でも、あの気の毒な貴族にやったことはひどいんじゃない?」ヴェルヴェットが非難した。「あの人、トル?ボルーンへの帰り道できっと金庫を全部からにして、お金をどこかに埋めるわ」
 シルクは肩をすくめた。「アンガラク人とつきあった報いさ。さあ、進もうか?」
 一行はトル?ボルーンをそのまま通りすぎてドリュアドの森のほうへ南に馬を走らせつづけた。南の地平線上にそのいにしえの森が見えてきたとき、ポルガラは手綱をひいて、居眠りしているベルガラスの馬と並んだ。「クサンサのところへ寄って挨拶をしていくべきだと思うわ、おとうさん」
 老人は目をさまして、まぶしげに森の方角を見やった。「そうかな」疑わしげにつぶやいた。
「彼女には世話になってるんだし、そう道からそれるわけではないわ、おとうさん」
「よかろう、ポル。だが、長居は無用だぞ。われわれはすでに数ヵ月分ザンドラマスに遅れをとっているのだ」
 かれらは広々とした最後の平地をよこぎって、苔むした古い樫の木立の下へ馬をのりいれた。冬の寒風で葉はすっかり落ち、裸になった巨木の枝が空にくっきりと浮かびあがっている。
 森にはいったとき、セ?ネドラに微妙な変化があらわれた。実際にはあいかわらずの寒さなのに、マントの頭巾をはねのけて茜《あかね》色の巻毛を揺すり、ドングリ型の小さな金のイヤリングをチリチリと鳴らした。顔が不思議におだやかになり、息子を誘拐された日から消えたことのなかった悲嘆の色は消えうせている。目つきもやわらかくなって、ほとんどうつろにさえ見えた。「戻ってきたわ」セ?ネドラは枝を広げた木々の下で静かな空気のなかへつぶやいた。
 ガリオンはかすかな返事を聞くというより感じ取った。そよ風ひとつ吹いていないのに、周囲のあらゆるところからシューシューというためいきが聞こえたような気がした。ためいきはまるでコーラスのように、かろうじて聞こえる程度のひっそりとした嘆きの歌になり、おだやかな後悔と変わらぬ希望にあふれた歌になった。
「どうして木は悲しんでいるんですか?」エリオンドがセ?ネドラにたずねた。
「冬だからよ」彼女は答えた。「葉が散ってしまうのを嘆き、鳥たちが南へ飛んでいってしまったのを残念がっているの」
「でもまた春がきますよ」
「それは木も知っているわ、でもいつも冬はかれらを悲しませるのよ」
 ヴェルヴェットはおもしろそうに小さな女王を見ていた。
「血筋柄、セ?ネドラは木についてはとても敏感なのよ」ポルガラが説明した。
「トルネドラ人が戸外にそんなに関心が強いとは知りませんでしたわ」
「彼女は半分しかトルネドラ人じゃないのよ、リセル。木への愛情はもう半分の血筋のせいなの」
「わたしはドリュアドなのよ」あいかわらず夢見心地の目をしたまま、セ?ネドラがぽつんと言った。
「知りませんでしたわ」
「必ずしもそのことは公表しなかったのだよ」ベルガラスがリセルに言った。「トルネドラ人をリヴァの女王としてアローン人に認めさせる、セ?ネドラが人間じゃないなんてことをしゃべって事を複雑にしたくなかったのだ」
 何年も前、サルミスラ女王がさしむけた泥人間たちの襲撃を受けた場所から、あまり遠くないところでかれらは簡単なテントをはった。この聖なる森の生きた木々からたきぎをつくることはできなかったので、夜露をしのぐ一夜の宿を作るにも落葉に埋もれた森の地面に見つけられたものを最大限に活用するしかなかったし、やむなくたいた火もごくつつましかった。しんとした森にゆっくりと夕暮れがおりると、シルクはちっぽけなゆらめく炎を疑わしげに見てから、木立のあいだの、ほとんど動いているように見える広大な闇に目をこらして、言った。「寒い夜をすごすことになりそうだな」
 ガリオンはよく眠れなかった。セ?ネドラと一緒の即席のベッドには落葉をこんもりと積み上げたのだが、そのしっとりした冷たさが体にしみこんでくるようだった。木々のすきまからぼんやりした最初の淡い日差しが差し込んできたのと同時に、かれは断続的なうたたねからさめた。ぎごちなく起き上がって毛布をはねのけようとして、手をとめた。とっくに消えたたきびの向こう側で、エリオンドが倒れた丸太に腰掛けていた。そしてその隣りに黄褐色の髪のドリュアドがひとりすわっている。
「木たちがあなたは友だちだと言ってるわ」先の尖った矢をうわの空でもてあそびながら、ドリュアドは言っていた。
「ぼくは木が好きなんだ」エリオンドが答えた。
「かれらが言ってるのはそういうことじゃないの」
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